白紙の未来は決まっていない!

映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に出てきた科学者ドク・ブラウンは言いました。「未来は白紙でまだ決まっていない」と。 これは役者・トシキが演劇や演劇・映画関連について。また、日々の出来事を未来と言う名の白紙(blog)に書くものである(笑)

カテゴリ:おきらく日記 > 昔ばなし

今日も劇団の稽古がありました。劇団のHPには掲載しておりますが、

8月23日(土)~24日(日)ミニ公演、スタイルフリーVol.9を予定しております。

場所は前回も利用させて頂きました「ART SPACEあさくさ劇亭」さんです(・∀・)

日程以外、使う台本等はまだ決まっておりませんが、前回以上の面白い物を

創り上げようと頑張っております。

【詳細は下記のURL(劇団HPの専用ページ)にてご確認ください】
http://www.geocities.jp/tennen_dessert/bosyu/bosyu_001.htm


今日も先週同様、新しく体験参加に来られた方がいました。前回同様、

やはり新しい方が来るととても刺激になります。正直今日初めて会うのでどんな

球を投げてくるかは分かりません。キャッチできるかどうかも分からないのが本音

ですが、例えその日はつかめなくても、どういう球を投げるのか見てみたい。

「心のキャッチボール」が出来たら最高ですね。でも、それには相手のボールを

何度か見なきゃなかなか自分は出来ないモノでしてww

ともあれ、今日もとても刺激になる時間をありがとうございました(m´・ω・`)mペコ

----(・∀・)おまけ----

今宵の懇親会の後、終電近い電車で椅子に座り、AAAの曲を聴きちょと首を左右に

軽くふりながら(ほんとにリズムとるくらいなので怪しくないです)何となく前を見ると、

22、3くらいの若者三人が無邪気に笑いあいながら話してる。

大声で話しているわけじゃないので不快に感じなかった。それどころか、ちょっと

昔。今から13年くらい前。声優養成所に通っていた頃をふと思い出した。

あの頃はあの時が永遠に続く、なんて思っていたっけ。いつまでもこの仲間が近くに

いて、笑いあって。旅行なんかにも行って。


でも、気が付けばそれぞれの道を歩んでいた。自身のやりたい事を見つけた者、

大切な人と出逢い、家庭を持った者、昔とはあまり変わらないけど日々の仕事で

なかなか会えなくなった者、どこにいるのか今では分からない者。

きっと彼らも今はそんな事を考えずに心の底から若さを謳歌してるのかなって。

でも、その時をどうか大切に。そして、もし一人になる時が来ても、その時は

きっと君たちそれぞれの強い御守りになるから。


なんてな。かつて、声優の養成所仲間だった光秀(あだ名)や明久(あだ名)が

よくうちに泊まりに来てはわいわいしながら電車乗ったなぁなんて思いだした夜ですたw

今日は一日部屋の掃除をしていたのですが、何か不気味な手帳(爆)を見つけた。

どうやらぱらぱらめくると、これは夢手帳だったようで書いてある事が謎過ぎたwww

恐らく書いたのは夢を見て速攻で書いたんだろう。で、読むと「そういえば数年前に

こんな夢をみたなぁ・・・」と思いだしてきた。


てなわけで、この不気味な手帳に書かれていた内容をここにまんま載せてみますw

ホントにワケワカラン文面なので、ホントに内容考えて読んじゃダメです( ´Д`)


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夢の中の住人
「私達は貴方の呼び方一つで名前が変わるのですよ」

男はいつものように、芝居の稽古に向かった。あまり気乗りしないが故に一時間の
遅刻をした。まずは近くのコンビニで弁当でもと思ったが、そこは不思議な居酒屋
みたいな店だった。そして、そこで出会う色々な個性ある人達。
その中で色々な人達の生き様を聞き、自分も頑張ろうと決意をする。

やがて一人のおばちゃんの姿が消えて行く。だが笑顔で

「また来るね」

と言って消えて行った。
その時男は気づいた。これは“夢”だと。消えていく周りの風景。ただその前に
この不思議な店へと招待してくれた店長に名前を聞こうとする。すると、
店長の胸には色々な名前が付いていた。店長は言った。

「この世界は見ている人が自由に名前を付けられる」

と。やがて店長も消え始めた。男が「ありがとう!」と一言叫ぶと店長は微笑ながら
闇へと溶けて行く。そして男の視界も闇一色になった。

男が気づくとコンビニの休憩所で突っ伏していた。芝居の稽古仲間が起こしにきた。
時計を見ると男は唖然とした。稽古前の時間になっていたのだ。つまり、1時間の時が
戻っていた。そう、稽古が始まる時間に、恐らくカレが送ってくれたのだ・・・。

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この時代の俺は一体心に何を抱いていたんだろうねぇ。夢って深層心理を

時に描くらしいけど、もしかしたら演技や舞台に対して何か大きな悩みをもっていたの

かもしれないなぁ。

近年はこういう夢はみていない・・・のですが、つい昨日。

劇団のシゲさん・もりー・俺の三人で悪巧みして、皆をドッキリにはめるという

へんてこりんな夢を見たww 楽しそうでなにより(*´д`*)b

今日は自身の昔話でもしようかと。あ、いや。ネタが無いわけではないんですよ。

「春の嵐でしたねぇ」とか。でも少なくとも関東圏の方々だったら「誰でもしっとるわい」

で終わってしまう。稽古の方は日々、発見があったりするので日記ネタになるんですが、

ちょっとプライベートの方が、ね。色々と私用が忙しくて出掛けられてないし。

今年も六義園の桜は観に行くの厳しいのかなぁ・・・・。( ´Д`)


まぁ、それはさておき。今から約25年前にさかのぼります。私は9歳くらいですかね。

小学三年生でした。その時に担当していたのが伊藤先生という方。

飴と鞭の使い手の教師でした。忘れ物をするととにかく厳しい。授業前に立たされては

「教科書忘れました…」とか「全部忘れました(←俺は言った事無いです)」とか申告し、

専用帳簿にチェックされる。まぁその時のシブイ顔といったら山崎努氏みたいでした。

WS000002 (2)


そうそう、こんな感じ。ちなみに写真は1993年映画「水の旅人」の

水の妖精侍・ 墨江少名彦より。かっこいい!!

水の大切さを教えてくれるいい映画だし、音楽はジブリ映画でおなじみ、久石譲氏。

侍の風貌なのでちゃんと立ち回りもある。流石は元・必殺仕事人メンバー、

無茶苦茶カッコいい。殺陣とか半端ないし(・∀・)


・・・。( ´Д`)


で、その怒った時の顔はしかめっつら状態の山崎努氏みたいな伊藤先生だが、

毎月表彰をしてくれる。「皆勤賞」「忘れ物ゼロ賞」の該当者に、先生が

デザインし、印刷した厚紙(←ここポイント)の表彰状が授与される。

皆勤賞は基本皆貰えるけど、忘れ物ゼロ賞の難易度が高い事www結構、

それを受賞出来た月は自慢できたっけ(´・∀・)


後、こんな事もあった。

「今日は風が吹いてて気持ちいいね。こんな日は富士山が良く見えるんだよ。
 よし、この時間の授業はこの辺にして屋上行こうか」

歓喜の教室。それをニコニコしながら伊藤先生は眺め、「さ、行こう!」と

我々を屋上へと連れて行く。その日観た富士山は今も覚えている。

今年の冬を一足早く教える雪被りの富士山。冬に向け、少し太陽の陽も

弱くなってた。屋上でそれぞれがだべったり、おいかけっこしたり、バレーしたり。

さながら空中庭園みたいだった。空は快晴で、蒼に溶けて行きそうになるくらいに

素敵な秋の午後。当時から季節の匂いを感じる事が出来たのだけど、秋の

引き締まる匂いが堪らなかったな。

伊藤先生の教室で学んだ3・4年。自分で言うのも何だけど、成績はかなり良かった。

基本AとBが羅列してたかな。手先が不器用だったから図画工作だけはCだったww

そのまま5・6年も伊藤先生だったら良かったんだが・・・・・ま、とてつもなく大外れな

ヒステリー女教師に当たってしまって成績ガタ落ち、体重もストレス太りで約+15キロ

散々だった・゜・(PД`q。)・゜・ 暗い話になるが、散々イジメもくらったしね。


まぁもし自分が教師になるんだったら、ああいう先生になりたいと思う・・・けど、

今の時代はあの25年前とは違う。そんな事をしようものなら「勉強おろそかにして

何考えてるんですか!受験に間にあ(ry」と雄叫び上げるモンスターペアレントだのに

押しつぶされるんだろうな。でも、もし25年後に教師を伊藤先生がやっていても、

きっとご自身の意志をもって、教育していただろう。いや、本当にドラマに出て来そうな

タイプの先生なんだな。生徒からめっちゃ好かれていたしね。


その後、噂では市の教育委員会にヘッドハンティングされたとかで、教鞭ふるう

事は無くなったみたい。でもあんなに素敵な先生の元でわずか2年だけでも

学校生活を送れたのは今でも俺の宝物です。

ブログネタ
学生時代の通学時間はどれくらい? に参加中!
まぁブログネタにちらっと「学生時代の通学時間はどれくらい?」という物が目についたので

特にネタが無い日は昔ばなしでも少ししてみようかと思う訳です。

わらしは家から5キロ近く離れた高校に通っておりました。自転車でちりんちりんです( ´Д`)

通学時間は大体30分くらいだったのかねぇ・・・ただ、天候不良の日は地獄ですた。

一度雪の時に自転車強行したら、陸橋でスリップしてぶれーきかけた瞬間、

半回転して床に叩きだされますタ。聞いてたMDプレイヤーからその時丁度、

TMRのwhitebreathが流れててまさにぴったりだった記憶がある。

雪の日はむりに自転車乗っちゃダメですねぇ⊂⌒~⊃*。Д。)-з



あの当時、工場と野原しかなかった通学路も、いまやショッピングモールだのマーケットだの

ここまでひらけるものかと思うくらいにひらけてしまった。いやはや時代の流れってものを

感じますた(´・∀・)

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